|
Q2
:
イスラエルには誰が住んでいるの?
|
【レウットの答え】
世界規模で考えると、たいていの国々では民族がはっきりと区別できます。しかし、イスラエルはそんな国ではありません。"イスラエル人"というものはひとつのイメージが作れるものではありません。
独立したのは、ユダヤ人が自由に、迫害されないで(ユダヤ人が昔から世界中で迫害されましたから)ユダヤ人の伝統的な聖地に暮らすことが出来るようにするためでした。ですから、イスラエルの民族は過半数がユダヤ人です。イスラエルに住んでいるユダヤ人が世界中のユダヤ人の37%を占めています(www.jewishpost.com/jp0807/jpn0807q.htm)。
つまり、イスラエルの人口650万人の中に、ユダヤ人がおよそ526.5万人で、世界中のユダヤ人がおよそ1423万人です。けれど、大切なのはユダヤ人だけの国ではないということです。イスラエルの独立宣言で、イスラエルは「ユダヤ人の国」と「民主的な国」が並行する国として建国されました。つまり、民主主義の国ですから、イスラエルにはアラブ人も住んでいるし、キリスト教徒も住んでいます。
民族を分けてみると、おおよそ、ユダヤ人とアラブ人に分かれています:ユダヤ人は81%で、アラブ人は19%を占めています。そして、アラブ人について言えば、イスラム教徒、キリスト教徒、ドルーズ教徒と、また、別の小さいグループに属している人(例えば、ベッジュイ人)にも分けることができます(www.jewishpost.com/jp0807/jpn0807q.htm)。更に、アラブ人とユダヤ人の他、二つの人数が少ないグループもあります:アラブ人ではないキリスト人、いわゆる前のソビエト社会主義共和国連邦から移民した人、と宗教によって分類できない人です。
イスラエルのアラブ人について特別なポイントがあります:それは、彼らは「パレスチナ人」ではないということです。パレスチナ人は別のイスラエルに属していない未独立の国に住んでいます(もちろん、イスラエルに住んでいるアラブ人とパレスチナ人が親戚同士であるということもあります)。
それで、イスラエルの民族を見ると、本当に人種のるつぼです(ヘブライ語でも、イスラエルを描写するために同じ表現を使っています)。しかし、前に書いたように、民族が色々でも、皆が法律的に平等に生活しています。例えば、各グループが市民権を持っているし、国の施設も使っているし、国会にも代表がいます。
************************************
【かづやのコメント】
レウットさんが言うように、イスラエルはまさに"人種のるつぼ"です。
イスラエルは1948年に建国された"ユダヤ"を基礎とした国家であることはご承知の通りですが、実にさまざまな人間がイスラエルで生活をしています。それでは、イスラエルの人種・民族のダイナミズムはいったいどこから来るのでしょうか。答えのカギはやはり「ユダヤ」にあるのです。
"ユダヤ民族"という言葉をよく耳にしますがこれは正しい表現ではありません。「ユダヤ人」は単一民族ではないからです。「ユダヤ人とは誰か」という定義論に関しては、今も激しく論争中ですが、ひとことで言えば「ユダヤ人とはユダヤ教徒の母を持つ者、またはユダヤ教を信仰する者」となります。たとえば、私は父も母も日本人で曹洞宗ですから、ユダヤ人ではありません。したがって無論、私もユダヤ人ではありません。しかし、もし、私がユダヤ教に改宗し、ユダヤ教徒になったなら、私は正真正銘のユダヤ人になるわけです。
「ユダヤ人と日本人」とか「ユダヤ人とフランス人」という比較も厳密に言うと正確ではありません。日本に国籍を持つものを「日本人」、フランス国籍を持つものを「フランス人」と呼ぶのであった、日本人やフランス人の中にも、キリスト教人、ムスリム人、仏教人、ユダヤ人が存在するからです。
しかも、ユダヤ人は紀元70年の第二神殿崩壊によって、世界中に離散(ディアスポラ)していくという歴史を経験し、ユダヤ人は世界中のあちこちで生活するようになりました。華僑も世界各地で暮らしていますが、ユダヤ人は華僑のチャイナ・タウンのように自分たちの言葉や文化を維持するため特定のコミュニティーを形成しませんでした。スペインのユダヤ人はスペイン語をしゃべりスペインの生活をし、ドイツのユダヤ人はドイツ語を話し、ドイツに溶け込んだ生活をするというように、ユダヤ人はそれぞれが生活している国の言葉や生活習慣、文化の中に溶け込んで生活をしてきました。
第一次世界大戦が終わり、オスマントルコ帝国が崩壊すると、ユダヤ人のパレスチナへの移民が本格的になり、欧州やロシアを中心に世界各地からユダヤ人が集まってきました。更に、反ユダヤ主義が第二次大戦でのホロコースト(集団民族虐殺)でピークを迎え、終戦と同時にイスラエル建国されると、再び世界中からユダヤ人がイスラエルに移住してきました。
このように、同じ宗教のユダヤ人でも、もといた国が違うために、言葉や食生活などの生活習慣がまったく違う人たちが集まってできたのがイスラエルです。欧州の各地から、シリア、イラク、イェーメンといった中東各地から、イランなどの中央アジアから、アメリカ、カナダ、メキシコ、ペルー、アルゼンチンといった南北アメリカから、南アフリカやエチオピアといったアフリカ大陸から、そしてソ連の崩壊以降は、旧ソビエト連邦の各地からそれぞれのユダヤ人がイスラエルに移住してきています。そしてなんと、日本からのユダヤ人もいるんです!
************************************
【さらなるレウットのコメント】
議員が書いたように、ユダヤ人は華僑みたいに色々な国に住んでいました。そして、それぞれの国に混ざり合いました。混ざり具合は国によって違いましたが、多くの国において、ユダヤ人はその国に対する愛国心がとても強かったです(その時、住んでいた国の他、ユダヤ人は祖国というものが他にありませんでした。イスラエルはまだまだ遠い夢だけでした)。
(ドイツのユダヤ人)
目立つのはドイツ人のユダヤ人の例です。彼らは自分の身元を「ユダヤ人」ではなくて、まず「モーゼス(ユダヤ教の大切な預言者)の宗教に属しているドイツ人」と言うように考えていました。つまり、まずドイツ人で、後でユダヤ人です。現実に存在する国では第一世界大戦にもドイツの兵役に就いたユダヤ人が多かったです。ユダヤ人じゃないドイツの国民と同じようにドイツの民族であったと思いました。その一方で、とても大事なポイントは、ユダヤ人は住んでいる国の言葉で話しても、その社会に混じっていても、その国に関心や愛国心をたくさん持っていても、それとは別に「ユダヤ」というアイデンティティを強く抱いていたことです。
(言語と生活の場所)
例えば、議員が書いたように母国語で話しました。しかし、ユダヤ人同士では、たいてい別の、ヘブライ語と母国語を基に作った言葉で話していました:スペイン人はスペイン語とヘブライ語を元にした「ラディノ」という言葉でしゃべっていて、ドイツ人やポーランド人などドイツ語とヘブライ語を元にした「ヤィディシュ」でしゃべっていました。そして、華僑のチャイナ・タウンほど派手ではありませんでしたが、多くのユダヤ人が集まって、ある所に住んでいました(もちろん、一般のキリスト教徒の町に暮らしていたユダヤ人もあれば、ユダヤ人であっても社会に溶け込んで、ユダヤ教の習慣をぜんぜん守らなかったユダヤ人もいました)。国によっては、決まった場所しか、住んではいけなかったこともありましたが(イタリヤやポーランドなどの町)、でも普通に多くの国でどこに住むか自由に選ぶことができました(イギリスにもそういうことがありました)。
(ユダヤ人のコミュニティ)
コミュニティとして、別の場所で「ユダヤ」というアイデンティティを簡単に守ることができました。ちょっと、別の世界みたいでした。国の中の小さい「ユダヤ人の国」のようでした。ユダヤ人の日常生活をしながら、ユダヤの文化も守っていました。その所に行くとユダヤ人のコミュニティだとよく分かりました:ヤィディシュとか、ヘブライ語で書かれていた看板も多かったし、耳にもしたし、シナゴーグもあったし、たいてい正統なユダヤ人も多かったので長いもみ上げと黒い服着ていて、目立つ人もよく見られたうえで、区別できるほど違う雰囲気がありました。更に、大切なのは、コミュニティが地理的に別の所だっただけではなく、コムユニティとしてとても豊かな文化のある生活が出来ました。そもそも、ユダヤ教の施設がありました:シナゴーグや、「イェシバ」というユダヤ教の学校や(イェシバで特に聖書の勉強をしました。昔からの色々な解釈とか、ユダヤ教のルールとか、歴史も勉強しました)、別のユダヤ教の学院もありました。でも宗教に関することばかりでなく、固有の著述、美術、民謡、舞台芸術などの文化に浸っていました。
それぞれのユダヤ人のアイデンティティは、信じる「宗教」と住む国の「国籍」の二つに分かれていたといえます。住んでいた国への愛国を強く感じても、ユダヤ教の国ではありませんでしたからこそ(その時、イスラエルというユダヤの国として、まだ建国していなかったどころか、はるかの夢みたいでした)、習慣を守らないものなら、ユダヤ教が消えたかもしれません。それで、溶け込んだと言えますが、ユダヤというアイデンティティも非常に大切にしました。
|
|