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Q29 家族とはどんなふうに過ごすの?どんな話をするの?

【レウットの答え】

この質問に対しては、一つの答えがないと思います。家族によって違いますから、自分の家族を例にてお話ししてみようと思っています。それでは、ハラリ家にいらっしゃいませ!

イスラエルはとても小さい国なので、子供たちが成長してから別の家に引越しても家族とよく会ったり、話したりしています。そして、ちょっと一般化ですけど、ユダヤ人といえば、伝統的に両親と子供たちの関係は比較的、強いと思います。

例えばアメリカでは、18歳になるということは、家族と別れて自分の別の生活を始めるという意味です。つまり、遠くの大学に入って、別の家に引越して、卒業してから就職活動を始めて、一年に一回か二回ぐらいだけ両親とか兄弟に会っていることは多いそうです。

ところが、ユダヤ人なら、そういうことはありえません。家族は個人の生活にとって、とても大事で大きい部分を占めています。例えば、アメリカのユダヤ人はたいてい普通と違って、子供達がとても遠い所に住んでも、よく話したり、会ったり、一緒に祝日を祝ったりしています(もちろん、完全に皆がそうだと言えませんが)。イスラエルのユダヤ人もそうです。そして、また、特に日本に比べて、イスラエルは全然大きくないので、他の都市に住んでも、一週間に少なくとも一回は会っています。

つまり、日本で実家に帰るのにたいてい長い時間かかるので、特別な時しか(正月など)なかなか実家にもどれませんが、イスラエルではそういうことはありません。電話でもよく話しています。例えば、私のお姉さんはたいてい毎日両親と電話で話しています。私も今日本にいるのに、会いたい気がするあまり、ひんぱんに電子メールをやり取りするばかりでなく、声を聞くために一週間に少なくとも二回電話で話しています。お兄ちゃんは日本人の多くの男性と同じようにちょっと無口で、お姉ちゃんと同じようにしばしば電話で話したり家に来たりしていません。“ユダヤ基準”で少なくても、一週間に一回ぐらい電話で話して、(たいてい洗濯物があれば)家に来ますから、日本に比べて、もっとひんぱんに会っているかもしれません。

私は末っ子で、兄弟との年が大分離れていますから、主に両親と三人で時間を過ごしました。つまり、私は小学生の時、お兄ちゃんがもう高校生だったし、お姉ちゃんはもう兵士でした。私が中学生の時、お姉ちゃんはもう大学生だったし、今度はお兄ちゃんが兵士でした。他の家族はたいてい兄弟がそんなに離れていないので、たいてい長い時間一緒に住んでいますから、他の家族に比べて私が若かった時、お姉ちゃんはもう別の家に住んで、お兄ちゃんは外出することも多かったので、二人に会う時間がなかったのはそんなに意外なことではないと思います。子供の頃、海外に住んだ時二人とももっと暇があったので一緒によく遊びましたけれど、時間が経つと条件が変わりますね。

そんな私も、成長するとともに、家族と過ごせる時間も自然に変わりました。成育すればするほど、生活が変わっていくので、家族との時間も、仕方なく、変わってきます。一般的に考えると、家族との時間は主に食事の時間だと思います。中には、毎回家族全員で食事をする家族もありますが、過半数の家族は、皆それぞれの予定がありますから、一緒には食べられなくて、自分の時間によって食べています。また、お母さんは家族全員にご飯を作るわけでもありません。私の家族もそうでした。それぞれに全然違う一日を送っていましたから、起きる時間は違って、朝ごはんをあまり一緒に食べられませんでした。兄弟だけじゃなくて、お父さんともそういう機会がなかなかありませんでした。というのも、私のお父さんは大学教授で、テルアビブから比較的遠いエルサレムで教えていましたから、早く起きなければならず、私とは別の時間に食べることになりました。毎日大学で教えていたわけではなくて、大学に行かない日もあったのですが、お父さんは夜方ですから、前の晩はたいてい大変遅くまで自分の研究をしていましたから、普段よりももっと遅く起きるので、結局一緒に朝ご飯が食べられませんでした。一方、お母さんは、私が小学校だった頃は、毎朝私を起こして、朝ごはんを作って、家の近くにある学校に連れていってくださいました。今思うと、本当に、一緒に楽しんだ時間でした。しかし、成長すると、もう自分で起きるようにもなったし、朝ごはんも作れるようになりましたから、一人で早く起きて、学校に行きました。

兵役に就いてからは、お父さんは毎日基地まで連れていってくださいました。そのために早起きして、一緒に朝ごはんを食べて、面白い話をしながら、基地まで通いました。

昼ご飯はちょっと別です。学校はたいてい昼間に終わりましたから、帰ってから、家で昼ご飯を食べました。お父さんは、エルサレムで教えない日は家で研究していましたから、私を待ってくださって、一緒に昼ご飯を食べました。お母さんも英語の家庭教師をしていますので、同じ時間にレッスンがなかったら、皆で面白い話をしながら、食事しました。

晩ご飯は、たいてい別々に作って、食べました。お父さんは台所の隣のテレビがある部屋でニュースを見ながら自分で作った食べ物を食べて、私は両親の部屋で、たいていお母さんとコメディを見ながら、食べていました。お母さんと遅くまで好きなテレビ番組やビデオを見たり、本を読んだり、それぞれ別のことをしていても同じ部屋で時間を過ごしていましたので、いつも一緒にいる気がしました。

高校生の頃は、夜遅くまで勉強していましたから、勉強しながら食べるようになってしまいました。それでも、暇な時はお母さんと楽しく食べられました。兵役についてからは、基地で昼ご飯を食べて、夜遅く家に帰りましたから、夕食の時間も変わりました。すでにお話ししたように、兄弟とは、別の家に住むようになっていましたから、毎日一緒に食べたり、時間を過ごしたり出来なくなりました。それから、一番大事な時間は土曜の昼ご飯です。家族の皆で話しながら、ゆっくりおいしい料理を食べています。

家族とは、食事の他にも、よく一緒に遊びに行っています。子供の頃から、お母さんと一緒に買い物に行ったり、日常生活のなかで家事をすることでさえも、お母さんと一緒にしたのでいつもすごく楽しい時間でした。お母さんが運転できないので、お父さんが運転して、私とお母さんが買い物をしている間、お父さんは車で新聞か論文を読んで私たちを待っていました。私が運転免許を取ってからは、お父さんの代わりにお母さんを買い物に連れていっています。買い物のついでによく楽しく外食したり、好きな所を覗いたりしています。私は本当に素晴らしい両親に恵まれました。いつも甘えさせてくださいます。例えば、日本に来てから、何回も大好きな物がいっぱい入っている小包をもらいました・・・。そして、私のことを深く思って、支援してくださっています。

ここまで私の家族についてお話しをしましたが、もちろん、イスラエルの家族が皆このようだというわけではなく、家族によって違います。例えば、かぎっ子がとても多くて、毎日お母さんじゃなくて、乳母か自分で料理を作って時間を過ごしています。

家族とどんな話をするのか、家族によっても、人によっても全然違います。例えば、私と両親の関係は非常に親密で、お母さんともお父さんとも何でもあけすけに話しています。二人の意見とか気持ちをとても大事に思っていますから、いつも相談したり、私がしたことについて述べたりしています。両親も自分のことについて私と話してくださいます。ただし、私の友達の家族関係を見たら、全然違います。両親とよくけんかして、自分についてあまり何も言いません。兄弟との関係もそうです。日本もそうではありませんか?それぞれが違いますから、家族ごとに家族関係も違いますね。





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