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Q36 皆は兵役をどう思っているの?

【レウットの答え】

過半数は兵役に対して感謝する気を強く持って、大事にしています。
なぜかというと、軍隊のおかげで皆が無事に生活できます。日本と違って、軍隊が国を守らなかったら、国が存在できなくなります。軍隊を持つか持たないかは選択の問題ではありません。もしも日本みたいに軍隊を持たなかったら、イスラエル人は安全に心を安らいで暮らすことは出来ないでしょう。

一般的にいうと、"軍隊"というのは暴力に関わっていることです。国籍に関わらず、普通の人間は戦争のことをひどく思って、平和に暮らしていきたいです。正気の人は戦争が欲しくないで、平和に憧れます。日本人もそうだし、イスラエル人もそうです。それで、多分、平和がそんなに欲しかったら、イスラエルはなぜ軍隊を持っているのかと不思議に思っている人がいるかもしれません。二つの要素が対立すると考えるかもしれません。私はそう思いません。イスラエルの軍隊存在を正当化するのは、攻めるための軍隊ではなく、軍隊があるのは国を防御するためだからです。イスラエル人は平和が心底から欲しいです。軍隊を持たなくてもいいのは本当に理想的なことです。けれども、残念ながら、理想と現実は違います。切羽詰って軍隊を維持しなければなりません。

なぜかというと、イスラエルはアラブの国に囲まれています。元々この囲んでいるアラブ諸国は一同でイスラエルを攻めて、イスラエルというユダヤの国を崩壊するために戦争を始めました(現在、イスラエルの"独立戦争"と言います。後でもっと長く書きます)。時間が経つと、まずエジプト、それからヨルダンがイスラエルをもう崩壊させることはできないし、平和に互いに進めたほうが利益があると分かって、イスラエルと平和条約を結びました。その時から、イスラエルはヨルダンとエジプトと平和に共存しています。しかし、平和といっても、まだ"冷たい平和"だし(つまり、平和条約があっても、イギリスとフランスの友情交際ほどではありません。ただ、互いに攻めないし、ことによっては協力しています。時間が経てば経つほどもっと親密的になると希望します)、隣のシリアとレバノンとまだ平和条約もないし、隣じゃなくてもイスラエルを脅すイスラム国もありますから(例えば、イラン)、イスラエルは国を守る権威を設けないといけませんでした。アラブの国は皆が敵だというわけではありませんが、確かに軍隊がなかったら、イスラエルの現在もう厳しい条件がもっと物騒になる恐れがあります。イスラエルの存在は危険になるとまでいえます。

そして、軍隊は、敵から攻められることを防ぐばかりでなく、テロ事件もよく予防しています。悲しいことに、皆さんはニュースでイスラエルで起こるテロ事件についてよく聞くに違いありません。ただし、軍隊が毎日皆が知らないところで、きちんと任務を遂行してくれなかったら、今もこんなに多いテロ事件が、今とは比べられないほど増えかねません。それで、軍隊と言っても、イスラエルを守るという役割を果たしているので、ヘブライ語で「ツァハル」と呼ばれています:「ツバ−・ハガナ・レ・イスラエル」、「イスラエルの防御の軍隊」。これは大切なポイントだと思います。なぜかと言うと、イスラエルの軍隊は攻める軍隊ではなく、治安を守って、危険なことを防いで、防衛する軍隊です。ちょっと考えたら実は日本の自衛隊という名前との同じ意味です。二つの国の軍隊は持っている目的が基本的に同じです:国を守ることですが、国の状況が全然違うため、実際にみると、オペレーション上は違います。

ツァハルは"攻めるためではなく、守るための軍隊"というアイデンティティを示すのは「兵器の純粋さ」(ヘブライ語で「トハー・ハネシェク」と言います)という原理です。何年か前にツァハルは指導する綱領を設けました。綱領の中でこの原理はとても大事なところを占めています。不思議な原理だな、間違ったのかしらと思うかもしれません。実は、間違いませんでした。この原理はそのままで、兵士になったとたん、習う原理で、ツァハルの中心的な原理だとも言えます。

この重要な原理を簡単に説明してみます:軍隊ではもちろん、兵器を使っています。けれども、兵士は皆、それぞれに、いつも覚えていないといけないのが、兵器を使う時、それは避けられない場合だけということです。兵器を使うことの代わりに、他の手段がなく、仕方がない場合だけ兵器を使うのが許されています(例えば、命がけの時です)。兵役に就くと、色々な物騒な事件に遭うに違いませんが、それでも、怖くても、危険でも、無意識にピストルを軽く撃ってもいいというわけでは全くありません。兵器は他の人を傷つけるのが役目ですが、一番大事なことは命です。それで、兵器を使うのは命を助けるためです(自分の命も、相手の命も)。命を助けるのは純粋のことです。いわゆる、兵器を通じて純粋のことも出来ますから、"兵器の純粋さ"を守らなければなりません。できるだけ命を助けるために仕方なく使わないといけない時だけ、兵器を使うという意味です。

最初に書いたように、ツァハルはとても大事な役割を占めているので、イスラエルの過半数が誇りをもって、軍隊のことを思っています。これを示す例は有志として兵役に就く人の数です。必要じゃなくても(例えば体が不自由な理由で免除された人)、就く人がとても多いです。イスラエルに住んでいるからには兵役に就くべきだと多く思われています。いつも外の人に頼るものではなくて、自分でも社会に貢献することですから。絶対就きたくなくて、合法的な方法で免除される道を選ぶ人もいます。でも、そういう人がまだ少ないです。過半数はそういうこともしないどころか、それについて一切考えていません。私が主張したいポイントは、兵役は正式的に義務であっても、(避けることも出来るので)実は自分の決定だともいえると思っています。

私は本当に素晴らしく思っているのは、いつも条件は物騒でも、軍隊が国を守っている役割を満たしていても、イスラエル人の皆が盲目的に軍隊のことを支援しているわけではないということです。。国民を守ってくれる軍隊のことだからといって、軍隊がやっていること、何事についても、積極的に素晴らしく思っているというわけではありません。美化することなく、よく批判されています。テレビでも、新聞記事でも、デモでも軍隊の特定の活動に対する批判の声がよく聞こえます。倫理的な理由から、刑務所に入るまでしても兵役に就きたくない人もいます(社会に波紋を投げかけています)。やっぱり、世界の歴史を反省してみると、そういう物騒な状況で、民主主義のアイデンティティを失って、独裁政治になった国が多いのに対して、イスラエルは深刻な問題があってもまだとても民主主義な国で、本当に脱帽することだと強く思っています。

もちろん、とても大切だと思っても、簡単な時期ではありません。日本人の若者たちは高校を卒業してから、勉強が続けられます。自分は今から何をするか自分で決められます(社会圧力を別にして)。イスラエル人はそうではありません。18歳になると兵役に就くことは、もう決まっていることです。勉強を続けたくても、海外旅行をしたくても、勝手に時間を過ごしたくても、出来ません。精神的にもとても難しい時期です。その時まで、もちろん自分で選んだより、社会の決まった進路を歩きましたが (保育園に行ってから小学校に入ります。小学校が終わってから、中学校に入ります。中学校を卒業したら、高校に入ります……など)基本的に自由に暮らしているでしょう。高校に通っても、実は自由にいつでも辞められます。
兵士になってから、この自由を持てなくなります。ふと自分は自分のものじゃなくて、軍隊の所有物になりますから。自分でもう決断できないで、何でも軍隊の決定によってしないわけにはいきません。当然に不安な気がします。簡単な時期ではありません。

なのに、私からすれば、任務の時期はとてもいい時期でした。大好きな友達もたくさんできたし、国を手伝ってあげることもできました。世界中にその手の機会がなかなかないと思います。やっぱり、同じ年齢の日本人とか軍隊がない国の若者に比べて、イスラエル人の若者はもっと成熟している気がします。もうナイーブではなくて、性格もはっきり出来るようになります。視野も広がってくるし、別のもっとまじめな見方で世界を見ています。もう幼くなく、世界をもっと深く分かるようになります。それで、難しい時であっても、全体的に一生忘れられない経験だと思っています。





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